「娘天狗小太郎」

  ザザッ、ザッ、と木々の枝を鳴らして、数個の影が森の中を飛び抜けていく。
 それは鳥にしてはあまりにも大きく、サルにしてはあまりにも身軽過ぎる。
「ほらほら、そんなに遅いとあっという間にみんなボクが捕まえちやうぞぉ!」
 元気一杯の声を上げて木々の枝を蹴って飛び行くのは、山伏のようないでたちをした細身な少女だった。年の頃は十代半ばぐらいだろうか。身体の細さの割に胸元の盛り上がりはなかなか豊かで、丈の短い緋染めの下穿きの下からは、健康的に引き締まった太腿がすらりと伸びて娘らしい色香を漂わせている。
 そして、その背中では白い羽毛に包まれた鳥の翼のようなものが風をはらんで大きく羽ばたいていた。それはどうやら単なる飾りやからくり仕掛けとは違うらしく、自在に、そして力強く動いて少女に飛翔の力を与えている。
 彼女は、この辺りでは「天狗」と呼ばれている亜人のようであった。ツンとあごの尖った勝気そうな顔立ちをしており、くるくると良く動くとび色の瞳が無邪気な輝きをたたえている。天狗娘は少し前方を飛び行く四つの影を追っているようであった。
「おっ、おい小太郎、本当に三十数えたのかよ!?」
 前方を飛翔していた影の一つ…こちらも山伏のいでたちをして、背中に白い翼を持った少年が振り向き、叫ぶ。どうやら彼らを追っている少女は女の子でありながら、小太郎という名前らしい。
 女児がほとんど生まれてこない天狗という種族の中において、彼女は男の子と同じような育てられ方をしてきたようであった。
「へっへーん、ちゃんと数えたよっ。ほおら、可白捕まえたっと!」
 大きくはばたいて急加速し、振り向いて声をかけた少年の身体に空中で抱き付いた小太郎は、翼をたたんでそのまま急降下する。
「ふわ……うわぁぁぁぁぁっ!」
 背中に押し付けられてきた小太郎の胸のふんわりと柔らかな感触に、一瞬、恍惚の表情を浮かべた天狗の少年は、ぐんぐん迫ってくる地面を見て恐怖の声を上げてしまう。
 少年も天狗族ではあったが、鼻は人間のそれと変わらない高さである。
 ある程度の年齢に達し、霊力が上がれば天狗族の男たちが最大の特徴としている長く突出した鼻になるのだが、まだあどけなさの残る顔には、その兆しすら見られない。
 小太郎よりもやや幼い顔立ちだが、可白は彼女と同じ年の生まれであった。
「ほいっ! と」
 地面すれすれで小太郎は大きく翼を広げて減速し、少年を抱えていた両手を離す。
 ガサッ! と落ち葉を鳴らし、可白はしりもちをつく形で着地していた。
「うあ……あ……あは……」
 枯葉の積もった地面にぺたりと座り込んで言葉にならない声を漏らしている可白の顔は、まだ恐怖の名残をとどめている。
 数秒後、ようやく落ち着きを取り戻した少年は何か文句を言おうとしたが、天狗娘はとっくに他の三人を追って飛び去っていた。
「待て待てぇ〜、ボクから逃げられると思うなよぉ♪」
 楽しげな声を上げて小太郎は木々の間を飛び抜けていく。彼女の翼は他の少年たちよりも一回り大きかった。体重も軽いので、その飛行速度は遊び仲間の中ではずば抜けて早い。
 じきに前方を行く三人の姿が見えてきた。
「見つけたぞぉ。今度は紅介だぁ!」
 叫んで飛び掛ってきた小太郎の手をすり抜けようとした少年、紅介であったが、腰の辺りを掴まれてしまう。偶然だったが、短袴の上からふんどしに包まれた股間を思いっきり握られた。ぐにゅっ! と強烈に「玉」を押し揉まれ、電撃を受けたような衝撃で身体が硬直してしまう。
「うひゃぁぁ!」
 「急所」を強烈に締め上げられた紅介は、なさけない悲鳴を上げながら落下していく。間一髪で体勢を立て直し、墜落こそしなかったが、股間を抑えて前のめりにへたり込んでうめいている。
「????……よーし、次だぁ!」
 何だかグニャッとしたものを掴んだ感触に、ちょっと不思議そうな表情を浮かべていた小太郎だったが、すぐに本来の目的を思い出し、翼を大きくひとはたきして飛び去った。
「……うう、小太郎のやつ、思いっきり握りやがって……」
 紅介は股間を押えながら毒づいたが、握られた瞬間には痛いだけだった天狗娘の指の感触の名残が、今では甘美な疼きとなって少年の股間を硬く勃起させていた。

「おい、このまま一緒に飛んでたら小太郎に捕まっちまうぜ」
 少し前を行く少年に、髪を長く伸ばしたもう一人の少年が声をかけた。背後からは小太郎が上げる元気な「待て待て〜」の声がかすかに聞こえてくる。
「……しかし、この森の外に出たら即座に負けっていう決まりだぜ」
 四人の中では一番大人びた雰囲気を持った少年が振り向きもせずに告げた。
 少年たちが遊び場にしている森は、浅い谷川に挟まれた細長い形をしている。彼らと小太郎は、その地形を利用して鬼ごっこの舞台としているのだ。
「追いついたぁ! 蒼次、捕まえちゃうぞぉ!」
 そうこうしているうちに、小太郎は二人に追い付き、無邪気な声を上げて頭上から奇襲していた。
「うっ! 速いっ!」
 髪を長く伸ばした少年――蒼次は、急旋回して小太郎の手から逃れようとする。
「甘いぞぉ!」
 しかし、すらりと長い小太郎の脚がまるで触手のように動いて蒼次の首を捕えていた。「うわ! むぶっ!」
 むっちりと柔らかな太腿に鼻と口を塞がれ、蒼次は空中でもがく。
「えいっ! さあ、あとは玄太だけだぞぉ!」
 蒼次を解放し、小太郎は残る一人。遊び仲間ではリーダー格の少年、玄太を追っていた。
「はぁ、はぁ、……」
 ゆっくりと降下しながら、蒼次はなぜか股間が窮屈になっているのを感じていた。最近、小太郎のことを考えたり、その姿をじっと見ていると、こうなるのだ。
「くそう。俺一人かよ!」
 毎度のことながら、小太郎の速度に舌を巻きつつ、玄太は全速力で森の中を飛び抜けていく。あと少しで森の出口である。そこまで辿り着けたら彼の勝ちなのだ。
 ちらりと後ろを振り返ったが、小太郎の姿は見えず、例の「待て待てぇー」という元気な声も聞こえない。
 何故だか一瞬の寂しさが玄太の心の中をかすめた次の瞬間。真上から何か柔らかなものが覆い被さってきた。
「玄太捕まえたぁっ!」
 小太郎だった。
 彼女はあえて黙ったまま玄太の上を飛行し、彼が後ろを気にした一瞬の隙を突いて覆い被さってきたのである。
 二人はもつれあったまま落下した。無意識の内に翼を大きく広げて落下速度を落しているので、怪我をすることはないだろうが、さすがにこのままでは下になっている玄太が痛い目を見ることになる。
「わっ、わかったから離せ! 負けだっ! むぎゅっ!」
 落下しながら叫んだ玄太であったが、時すでに遅く、落ち葉の厚く積もった地面に叩きつけられてしまう。一瞬遅れて、小太郎が玄太の顔の上に落ちてきた。
「……んぶ……」
 顔の上に小太郎の尻を乗せられた玄太が苦しげに羽ばたき、翼の巻き起こした風が、盛大に落ち葉を舞い上げる。
「うひゃぁ!」
 小太郎が珍しく悲鳴を上げて玄太の上から飛び退いていた。頬が真っ赤になっている。
「……玄太のバカぁ!」
 捨て台詞を残して、天狗娘は飛び去っていった。
「何で俺がバカ呼ばわりされなきゃいけないんだよ!」
 一人ブツブツ言いながら、落ち葉まみれになった玄太は身を起こした。
 彼の顔も赤い。小太郎のプリプリした尻と、ふんどしに包まれた股間の柔らかな感触が、彼の胸を高鳴らせていた。
 得体の知れない昂ぶりを解消するかのように、彼は足元の落ち葉を蹴り、村に帰るべく空中へと舞い上がった。
 
 村に飛び帰った小太郎に、長老から呼び出しがかかったのは、その日の夜のことだった。
 早速長老の住居を兼ねる神殿に向かった彼女は、普段の腕白振りからは想像もつかないかしこまった表情を浮かべ、長老の前に座している。
「小太郎よ。おぬしもそろそろ大人の仲間入りじゃな」
 長老――天翔という名の大天狗は、白いふさふさした眉の底に光る黄色っぽい瞳で小太郎を見つめながら言った。巨大な翼、恰幅のいい身体つき、そして、天狗族の象徴でもある太く長く伸びた鼻。長老の貫禄充分の姿である。
「大人……ですか?」
 藁を編んだ座布団の上にちょこんと正座した小太郎は、長老の言葉の意味するものがよくわからずに問い返す。
「そう。おまえはこの里では数十年ぶりに元服の儀式を迎える純血の天狗娘なのじゃ。我ら天狗族には、ほとんど女が生まれてこない。それ故に、我ら後を絶やさぬために、人の娘との間に子を成さねばならぬのじゃ」
 そこで一旦話を区切り、長老は小太郎を見つめた。強い視線を感じた彼女は、居心地悪そうにもじもじと身じろぎする。
「人との間に生まれた子も、われら天狗族の特質を多く備えてはいるものの、そうした交配を重ねることで、種族としては弱体化してしまう。そこでわしは隣の国の天狗の里から純血の天狗娘を借り受け、儀式によって選び抜いたこの里の男との間に子を成さしめた。それがおまえなのじゃ。おぬしにはこの里の未来を担ってもらわねばならん」
「はぁ? ボクがこの里の未来を担うって、どういうことなんだろ?」
 何だか余計にわけがわからない話になってきて、小太郎は首をかしげていた。
「……つまりじゃな、一族繁栄のためにおぬしにこの里の男の子を産んで欲しいのじゃよ。その前に元服の儀式を行い、しかる後におぬしの伴侶となる者を決めねばならぬ」
 重々しい口調で長老は告げた。
「ボクが子供を産む? あははははっ! 長老様ったらまたご冗談を。ボクにそんなことできるわけ無いじゃないか」
 長老の言葉に小太郎は足をばたつかせ、ケラケラと無邪気な笑い声を上げて笑い転げる。その仕草はまさに無垢な子供そのものだった。
「むぅ。おぬしは幼い頃から男の子同様に育てられてきたからな。色事に疎いのも仕方あるまい。しかし、そう悠長なことも言っておれんのでな。この儀式で、おぬしを女として目覚めさせてやろう。そして、ついでといっては何じゃが、おぬしと同じ年に生まれた男たちにも元服の儀式を執り行う。本来の作法に従ってな」
 そう言った長老がパンパンと手を打つと、小太郎の遊び仲間である四人の少年たちが少し緊張した表情を浮かべて入室してきた。普段は元気に騒ぎまわっている彼らも、長老の前では借りてきた猫のように大人しくなってしまう。
「よく来た、少年たちよ。この儀式を本格的に行うのは数十年ぶりじゃ。では、早速始めようか。皆、禊の湯殿で身を清めて来るがよい」
 長老に促がされた四人の少年と小太郎は、里に住む数少ない女天狗の一人によって、儀式の時にしか使われない湯殿に案内された。
「おぬしら四人はそこの湯殿で禊をせい。小太郎、おぬしはこちらじゃ」
 小太郎だけが湯殿脇の細道を通り、さらに奥へと誘われて行く。
「女用の湯殿を使うのは五十年ぶりかのう……」
 二百歳を越える年齢の女天狗が、しみじみとした口調で小太郎に告げる。外見は六十代後半の人間の老婆にしか見えないが、天狗一族であることを示す翼が畳まれていた。
 天狗族の寿命は人よりも長く、老化も遅い。ただし、成人するまでの成長速度は人間とさほど変わらないのである。
「ねえ、ばば様、ボクを生んだ天狗娘はどうしたの?」
 小太郎は尋ねてみる。天狗族は親子関係という認識がほとんどなく、生まれてきた子は里の共有財産として育てるのである。
「女の子が生まれるまでこの里に留まるという約定じゃったからの。おぬしを生んで、すぐにもとの里に帰ったわい」
「そっか。……ばば様は純血ってやつじゃないの?」
 小太郎の問いに。
「わしを生んだのは人の娘じゃわい、ほれ、ここが女人専用の湯殿じゃ、身体の隅々まで洗い清めるがええ」
 案内された湯殿は、男連中が使う場所と比べると狭かったが、きれいに手入れされていた。ほんのりといい香りのする白濁した薬湯が、巨大な岩に掘られた湯船から溢れんばかりに満たされている。
「うわぁ、凄いお風呂だぁ。ボク、お風呂大好きなんだ」
 無邪気な喜びの表情を浮かべてはしゃぐ小太郎に、老女の声がかけられた。
「まずはその湯船に身を沈め、百数えるのじゃ。ゆっくりとじゃぞ」
「はいはーい、わかったよぉ」
 小太郎はポンポンと手早く着ていたものを脱ぎ去って、ふんどし一枚の裸身をさらし、それもさっさと外して全裸になると、湯船にザブンと飛び込んだ。
「わはあっ、きもちいい〜〜〜っ! 湯加減最高!」
 湯の中で足をばたつかせ、翼をパタパタを動かして、羽毛の一枚一枚に薬湯を行き渡らせながら、小太郎は上機嫌である。
「これ! もっと静かに入らんか! まったく腕白な娘じゃのう。これで本当に元服の儀式が滞りなくできるのかのう」
 湯の中ではしゃぐ小太郎を眺めつつ、少し心配そうな表情で老女はつぶやいた。
「ねえ、ばば様。元服の儀式ってどうやるの? 難しい? まさか、痛くはないよね?」
 小太郎の質問に、老女は一瞬答えに詰まった。
「うむ。そうじゃのう。充分に下拵えをすればそれほど痛くはないじゃろう……」
「ええっ! じゃあ、ちょっとは痛いの? ボク、痛いのは嫌だなぁ」
 少し憂鬱そうな表情を浮かべ、天狗娘は唇を尖らせる。
「そう心配するな、元服の儀式は痛いだけではないぞえ。天にも昇る心地良さを味わえる筈じゃ、多分な」
「うう……その、多分、っていうのがひっかかるけど、元服の儀式って、お風呂よりも気持ちいい?」
 何も知らない小太郎は、好奇心にきらきら光る瞳を老女に向けて尋ねた。
「そりゃ、もう、比べ物にならぬほど気持ちいいぞえ。ほほほっ」
 口元になんとも形容しがたい笑みを浮かべ、老女は笑う。
「ほんとぉ! するするするっ! ボク、元服の儀式いっぱいするっ!」
 期待たっぷりの声を上げ、天狗娘は叫んでいた。

 
 
 
 
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